未来のかけらを探して

2章・世界のどこかにきっといる
―30話・頭毛無し族にあらず―



―ファブール城―
街道を歩いていった先にあった、堅牢で大きな城。
それが、この宗教国家ファブールを治める王であり大僧正である長が住むファブール城だ。
ここは変わったつくりをしていて、なんと城下町がない。
その代わり、店や住まいが城の中にあるという面白い構造になっているのだ。
これはファブール城がモンク僧達が住みこんで修行した寺院であった名残であると、一般的には言われている。
軍事の専門家なら、かつてファブールに大きな集落が少なかったために、
これが周辺住民を守る知恵だったという説も出すかもしれない。
もっとも、本当のところは分からないが。
「おっきなお城だねぇ〜。」
「バロン城とおんなじくらいカナー?」
バロン城に少し似た雰囲気の重厚な城構えは、しかしモンク僧の城というだけありどこか宗教的な臭いがある。
悪い意味ではなく、神に仕え修行するに相応しい空気が何となく漂っているという意味でだ。
「どうだろうなー……。うわっ、なんだあの人達?」
城の門番をしているモンク僧の姿に目が行ったアルセスが、びっくりして声を上げた。
どうやら、初めて見たようだ。
「あの人たち?ファブールで有名なモンク僧さんだよ。」
トレードマークの弁髪に、ゆったりした武道着を下半身にまとっている。
修行のため、上半身は冷涼なこの国だというのに裸だ。
確かに、知らない人が見るとびっくりする出で立ちだろう。
「ってことは人間だよなぁ?変な頭してるから、頭毛無し族かと思った……。」
「え〜っ?!あのおじさんたち、頭毛無し族って言うのぉ?」
アルセスの勘違いが解けたと思ったら、いきなりエルンがこの話題に食いついてきた。
しかもアルセスの言葉だけ聞いていたようで、本気でびっくりした顔つきだ。
「い、言わないよ!話聞いてた?!」
「今のとこだけ聞いたのぉ。」
プーレの予想は的中した。
「……ちがう、ちがうからね、エルン。あのおじさんたちは人間だからね?」
どっと力が抜けたように、プーレがかぶりを振って否定する。
可愛い勘違いだが、同い年のプーレには頭が痛いだけだ。
大真面目に言っているからなおさらタチが悪い。
「なーんだ、ちがうんだぁ〜……。」
エルンは少しつまらなそうだが、誤解されたままでは困るので仕方が無い。
後で当のモンク僧に向かって、頭毛無し族なのと聞かれた日には恥以外の何者でもない。
幸い城門をくぐる時に、エルンが聞くことは無かったが。


―ファブール城内―
「それにしても、この城変わってるなぁ。城の中に店があるぞ。」
「ホントだー!お店の看板出てル。」
パササが指差す先には、宿屋や薬屋の看板があった。
周りをよくよく見渡せば、一般の人々もたくさん城内を歩いていた。
他の国の城の中に入ったことは無いが、城の中に普通のお店があるとは想像もしなかった。
少なくとも、他国の人間は想像しない光景だろう。
“そういえば聞いたことがあるな。
ファブールの城内には一般の民間人も住んでいるって話だ。
こうして実際に見たのは初めてだが。”
「へ〜、そうなんだねぇ。」
「でも、何でこんな風になってるんだろう。」
ファブール生まれとはいえ、城に来たことのないプーレにはさっぱり理由の見当が付かない。
住んでいると買い物が便利だったりするのかもしれないなどと、
子供であることも手伝ってろくな発想が出てこない。
誰かに聞けば教えてくれるだろうか。
「そこのお店で買い物するついでに聞いてみるか?」
「うん、聞いてみる。」
買うといっても大した量を買わないのでもいいのだから、
ほとんど新しい店への興味と話を聞くために入るようなものだ。
とりあえず武器でも見ようと思い、一行は武器屋に入ってみる。


―武器屋・修行一貫―
看板に荒っぽい字で店名が書かれた武器屋は、
その看板の字とは裏腹にきっちり整理された店構えだった。
客には一般の冒険者や旅人に混じって、城に勤めるモンク僧達が多く居る。
品揃えも彼らに合わせてか、手にはめて使う爪が多い。
「あ、何だろうこれ。」
プーレがその中に変わった形の物を見つけて指差す。
なにやら、ブーツにつけて使う金属の板や金属の靴底のようだ。
「足につけて使うんだな。靴が重くなるけど、蹴るとすっげー痛いみたいだ。」
「へ〜、プーレの爪みたいだねぇ。」
しかもプーレが使う足用の爪は足を守るものは付いていないが、
こちらは防具も兼ねて一石二鳥。
子供にはちょっと重過ぎるが、もし装備できたら盾と同じ位便利そうだ。
「アルセスー、買っちゃえバ?」
「え?いや……おれ、あんまりこういう重いの好きじゃないんだよなぁ。
何かこう、邪魔臭くって。」
獣人族のアルセスは、特に戦士の訓練を師匠に師事して習った事はないので、我流の格闘術しか使わない。
そんな彼は、ナックルや爪の類は使っても、
足にこんな鉄板のようなものをつけたりするという発想が無いのである。
「えー、アルセスなら大丈夫だと思ったのニ!」
パササがつまらなそうに口を尖らせる。
「しょうがないよパササ。重いのはみんなきらいだもん。
鎧とかだって、同じくらい丈夫なら軽い方がいいってロビンだって言ってたよ?」
「え?言ってたのぉ?」
「うん、たまたま。」
「えーっと、ロビンって……。」
“プーレ達がこの前まで一緒に旅をしていた元バロンの軍人だ。
彼は戦士だったからな。”
(そうそう、そう言ってたんだっけ。)
教えてくれたルビーに、アルセスは人目を気にしつつこっそり返事する。
ルビーとしては別に流しても文句を言うつもりは無かったのだが、
彼はその辺がきちんとしているらしい。
「うーん、何か買ってこうかな。せっかく入ったんだし。」
プーレは思案顔で棚の商品を眺める。
「プーレは何買うのぉ?」
「とりあえず、ぜんぶ見てから決めるけど。
お店の中って、いろいろあるからおもしろいよねー。」
女の子のような話だが、プーレは買い物が結構好きな方だ。
人間の店は、人間でない彼にとっても興味を引くもので一杯で、見ていて飽きないのである。
見ていて飽きないという点では、パササやエルンも同様の感想かもしれないが。
「あたしは、どっちかっていうとお菓子の方がいいなぁ〜。」
「あはは〜。エルンはおいしいものの方が好きだもんね。」
武器などの無骨なものを見ても、エルンはそこまで楽しくないらしい。
そこがやはり女の子というか、音楽と食べ物が好きなカルンらしいというべきだろう。
「でもこのお店はそういうのないから、後でになっちゃうね。」
「そうだねぇ〜。」
「え?何?おいしいもの探しに行くノ?」
エルンと適当に話していたら、急にパササが会話に割り込んでくる。
「今じゃないよ……後でになっちゃうかもって、話してただけだって。」
「なーんだ。つまんないナー。」
今行くわけじゃないと分かったとたん、
興味をなくしたパササは話の輪からあっさり外れた。
露骨といえば露骨だが、分かりやすい思考回路だ。
そしてまた、アルセスに色々とちょっかいを出し始める。
「ねーねー、あれおもしろいねー。何ダロ?」
「拳法着だってさ。うーん……これはちょっとかっこいいかも!」
ハンガーにかかっている白い道着に、アルセスはちょっと興味を惹かれたらしい。
若いモンク僧達も愛用するそれは、びしっと身が引き締まりそうな雰囲気を持っている。
アルセスが着たら、意外と様になるかもしれない。
「そっちは買うのー?」
「え?ん〜、まだ決めてないや。プーレは?」
「ぼくもまだ決めてないや……。」
プーレとアルセスはお互いに話を振るが、反応はおそろいだ。
買い物はえてして時間がかかるものなので、まだ決まっていなくてもいいのだが。
「うーん、何か変わったお店だよネ。」
「弓とか剣より、爪とかの方が多いもんねぇ〜。」
店内を見回すパササとエルンの目に飛び込んでくる物は、
武器だけではなく防具や雑貨も、半分位が城に勤めるモンク僧向けの商品だ。
そのせいか、ちょっと見てもよく見回しても、他の町の武器屋とはやはり変わっている印象が強い。
防具も重い鎧は1つ2つしか置いていない。
その分軽装の防具も多いので、プーレ達でもつけられそうなものはいくつかある。
「あ、コレ買うー?」
「何それ?……って、ハチマキ?」
パササが持ってきたのは、どこからどう見ても白い布のハチマキだ。
何でこんなものを売ってるんだろうと、プーレは首を傾げそうになる。
「なんか知らないけど、頭に巻く……と、ガッツが出るんだっテ!」
あまり人間の文字を覚えていないパササが、読める所だけを読んでプーレに教えた。
「へ〜……本当なのかな。」
見たところ、どう見ても普通のハチマキにしか見えないのだが、売り文句には確かにそう書いてある。
なんでも、修行の時に気合を入れる時はもちろん、
丈夫な繊維でできているのでとっさの時には色々使えるらしい。
確かに、包帯や紐の代わりにはなりそうだ。
しかしやはり見た目がただの布製にしか見えないので、購買意欲にはあまり結びつかなかったりもする。
「でも、ただのハチマキにしか見えないんだよね……。
こう、いかにもすごい!っていう感じならいいんだけどな。」
―いや、鎧兜じゃあるまいし、元々モンク僧用だからシンプルなんだろう。
ルビーはこっそりそう考えていたが、テレパシーで主張することは無い。
生き物で言うなら、せいぜいひそかな苦笑い程度で留めてやる。
「あ、でもこれいくらかな?安かったら買ってもいいよね。」
「そうだよねぇ〜。万能包帯だもんねぇ〜♪」
プーレが棚の値札を確認する後ろで、うんうんとエルンが相変わらずのずれた相槌を打った。
「エルン、包帯とハチマキはちがうヨ?」
「え、そうなのぉ?」
ここでパササがつっこむとは思わなかったが、エルンはまったく気にしていない。
特に反論もせず、かわいらしく首をかしげている。
「んー……これを買おっと。」
「アルセス、決まったの?」
「うん。雷の爪。」
いつの間にか武器の棚の方に居たアルセスが、雷の爪を1つ取って戻ってきた。
「うわ〜、この爪のところ、すっごくいたそうだねぇ。」
雷の爪は、はめると丁度手の甲の辺りに刃の部分が来るようになっている。
この刃が帯電して、雷や電気に弱いモンスターを痺れさせてしまうのだ。
雷は火や氷と違って、黒魔法にある属性ながらあまり相手を選ばない。
そのため、使い勝手はなかなか良さそうである。
力が元々強いアルセスが装備するのなら、鬼に金棒だ。
「買っちゃおうヨ!」
「うん、そうだね。アルセスが使ったらもっと強そうだし!」
プーレも声を弾ませて、パササの提案に乗った。
子供だらけのパーティだから、
貴重な年長者はどんどん強くなっていただくに限るといわんやだ。
もちろん、悪いことではないのは確かである。
この後、いくつか雑貨を少々加えてから会計を済ませた。
それなりの金額が出て行ったが、旅の安全を考えれば安いものだ。
いきなり強敵に襲われるという目に2、3度あったパーティだから、
もうその辺りは他の旅人以上に切実だ。


武器屋を出た3人は、その後防具屋で更にいくつか装備を買い足した。
あまり資金が豊富なわけではないが、
次に行く場所にはどんなモンスターがいるとも分からない。
それに、そこに優れた装備を置く店がある保障もないのだ。
買える時には少し無理をしてでも買っておいた方がいいというのは、
もちろんプーレ達自身の持論ではなく、ルビー辺りのアドバイスだろう。
エメラルドはしょっちゅう嘘ばっかり言うが、
ルビーの言うことはまともだというのがこのパーティの常識となっていた。
「いっぱい買ったねー。」
ほとんどアルセスに持ってもらっている荷物を見ながら、プーレがしみじみと言った。
あれとこれとという具合に選んでいたら、
後で考えた時になんだかいつもよりも買ってしまった気がしてくるものだ。
「ウン!」
「ねぇねぇ、おやつも買おうよぉ〜。」
さっきからそれしか頭に無かったのか、エルンはうきうきと弾んだ声で2人を誘う。
「おやつ買うんなら、お前とパササはちょっとにしろよ。
宿屋代なくなっちゃうからさ……。」
冗談ではなく本当に心配してアルセスは釘を刺す。
彼らが本気で食べ歩きに走ったら、お金がいくらあっても足りないくらいだ。
今夜の宿代を今のうちに確保しておこうと思い、
アルセスは自分の財布の中のお金をこっそり数え始める。
食べ歩き自体は、どうも実行されそうな予感がするからであった。



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楽しいお買い物。ハチマキって、あれで意外と強かったようなと思いつつ、4にあったかは記憶の外(爆
あってもねじる方でしょうけどね。ファブールの旅は次以降。
探し物が見つかるかはさておき、過ごしやすい所での旅で約3名はたぶんご機嫌。
プーレの故郷を出すかどうかはちょっと考え中です。
本人がちょっとややこしいことになりますしね。